『田園の詩』NO.10 「筆工の願い」(1993.12.28)


 山奥の小寺の住職としてのほかに、私は筆作りの職人でもあります。「趣味で筆
を作っているのですか」と、よく問われますが、これが田舎での生活を支えている
本職なのです。

 人は、「筆匠」とか「筆師」とか言ってくれますが、私は自分のことを「筆工」
(筆を作る工人)と思っております。数えてみれば、この仕事を始めてもうすぐ
20年になります。


     
       ほこりの出る作業中心の仕事場風景です。原料の選別、灰もみ、焼き締め、
       軸入れ、などをします。      (08.3.1写)


 修業は、ながい伝統を誇る奈良でしました。独立してからは京都で、そして6年前
に大分県の当地にUターンしてからも筆の仕事を続けています。

 「ここで筆が作られるなんて」と、訪ねて来た人に、珍しがられたり、何の基盤も
ない所で仕事をするのは大変でしょうと、心配されたりします。確かに、伝統産業の
世界で本場を離れた職人は、以前だったら相手にされなかったようですが、現在は
そうでもありません。

 交通や通信や物流の便が良くなり、原料の仕入れ、打ち合わせ、納品などにも
あまり不便を感じません。私にとって、本場を離れたことによるデメリットはほとん
どなく、かえって、大自然の息吹の中で手仕事ができることは喜びでもあります。

 この辺の秘密(ちょっと大袈裟ですが)に気付いた工芸家が、田舎に移り住む
ケースが少しずつですが見受けられるようになりました。私の所にも、時折、空き
家探しの工芸家が訪ねて来ます。

 仲間が増えることは楽しいことなので、一緒に探して歩くのですが、なかなか決
まりません。どうしても個人の力には限界があります。行政には重い腰を上げて
頑張ってもらわねばなりません。

 反対に、この町の若者には積極的に都会に出てほしいと、私は願っています。
それは、単に職を求めてではなく、知識や技術を身に付けるためであってほしい
のです。そして、「僕は、将来、この町で生活するために、今この町を出るのだ」
と、若者に言ってもらいたいのです。         (住職・筆工)

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